Fラン大学出身の歯科医師たわごと

2014年春から研究生活のため院進学。研修で指導医にいじめ、暴力、放置、さまざまなパワハラを受け過度のストレスで休止一歩手前でしたが、なんとか修了。生きてて良かった。歯科医師。(国家試験106回合格、2014年歯科臨床研修修了)

難病のこと

ネットでブログを書くことは、時に自分のことをさらけだすことで、言葉の責任、重みがいる。

自分自身を書くことは、はっきり言って恥ずかしいんじゃないか、みっともない、他人に自分の情報を与えるなんてもってのほか、病気のこととか書いたりしたらどこかで身バレしてしまったり、可哀そうと思われたい?って考えてしまったりしまいます。

そんな気分や先入観がひどくつきまとっている。

今もそう。

自分と同じ病を発信し、闘病している人のブログ等を見ていると、共感部分もあれば、ここまで書くことはないんじゃないのか・・・書いてどうなるの?など複雑な気持ちにもなる。

けれど、そんな自分が今書こうとしてるのは、あまりに得ることのできる情報や進展がないから。

どういう風にこの病気と向き合ったらいいのか、どういう治療を受けたらいいのか、どこの病院でもっと自身の納得のいく患者ー医療従事者関係を築けるのか・・・もう何もかもに行き詰ってお手上げ状態になったから・・かもしれない。

何か人に助言を得る。ヒントを得る。行動したいが、どこでその手掛かりを取ればいいか・・・リアルタイムで知りたい情報を得るにはまず書いてみようか・・

そんなきまぐれなおもいつきでもいいから文字に書いて自分を整理してみようか・・

そう思って毎日何でもいいからひとつでも、くだらないことでも書いて見ようと思って綴ってみようとしてる。

あとは…

多分、賭けとか運だのみも入ってるかもしれない。

なぜなら、落ち込んだ時の自分は、ひどく憂うつっぽいけど、この現在までの自分をあまりよく思わないからかも。

たとえば・・・・

自分は、とても要領も運が悪い(ちょっといじけた書き方かもしれないけど)生き方をしてきていた。子供の頃の病気は誰のせいかといえば、親と言い切るのは難しいが(もちろん自分の人生は自身のもので大人になって生涯をふりかえればその責は勿論自分にある)、家は貧しく、家庭環境もあまり良くなくて、良い医療機関にめぐりあえなかった。探す事も、病院にみてもらうという発想も教えられなかった。成長期にある事件がおきて、ものすごいストレス下で育ってきてたので、きちんとした教育と生活感覚、家族関係を持てた経験が少ない。成長期にきちんと食べて、人間的に休めて、のびのびと生きれる日々と、ストレスの少ない環境で育っていれば、この病気にならなかったんじゃないか・・・など色々今は憶測してしまう。

しかし、運が悪くて病気になる一方、原因不明で病気になるという見方もある。

他にも原因は考えられるかもしれない。

また、こういった思考、・・・多方面からアプローチする目を持って病は改善されるのか・・・それもわからない。

だが・・・とにかく何かしたい。

内面世界だけで、自身の病を誰にも聞いて貰えず生きるのは、限界になって、最近とみに苦痛になってきていた。

くわえて病人になって本当に解ったことは、実社会では不利益、不遇、不満だらけが存在していて、どんなに努力しても、差別も受ければ中傷も受ける。

そういう人間達を身近で見過ぎて、この世の中に見切りをつけかけているからなのかもしれない。

 

しかしながら・・・

もしかしたら自分がこんなブログ書いても何にもならないかもしれないけど

 

・・・いつかこの行動が何かに伝わって、次の世代か別のどこかで病める人々を救う足がかりになる(随分御立派な思いかもしれないけど、周りに廻って希望が実れば、自分の生も無駄ではないのかもと気が落ちつく感覚がする)

あるいは

自分の代で進展なくても次の世代ではどこかで・・・見たことも話した事もない誰かに・・そんな苗床にの欠片でもなれれば。

そういう気がして、病の事は今後綴っていってみれば、身近にある世界への羞恥心、恥についても・・・・仮に身バレしたときは前向きに受け入れられるかもしれない。

そんなブログでいこうかとおもった。

自堕落で情緒不安定な自分の事だから、きっときまぐれ、突発的、気持ちの整理、日々の発散・・・いろいろ舞いこんでくるとは思う。

こんな調子でもいいかとおもってつぶやく。

きょうのつぶやき以上。書くと少しすっきりするねぇ・・・。